資生堂が世界に誇るフレグランス「禅(ZEN)」。この名前を聞いて、あなたはどのボトルを思い浮かべるでしょうか?漆黒の闇に金が舞うクラシックなボトルでしょうか、それとも光を纏った黄金のキューブでしょうか。
「同じ名前なのに、なぜこれほど見た目が違うの?」と疑問に思うのは当然のことです。
実はこの二つ、単なるパッケージ違いやリニューアルではありません。1964年に生まれた「黒の禅」と、2007年に再構築された「金の禅」は、それぞれが異なる魂と時代背景を背負った、全く別の香水と言っても過言ではないのです。一方は静寂と日本の伝統美を、もう一方は内なる輝きと現代的なエネルギーを表現しています。
この記事では、フレグランスマイスターの視点から、この二つの「ZEN」を徹底的に解剖します。香りの構成、誕生の歴史、そして纏うべきシチュエーションまでを詳しく解説し、あなたの今の心情やライフスタイルに寄り添う「運命の1本」を見つけるお手伝いをします。
この記事のポイント
- 1964年版「黒の禅」と2007年版「金の禅」の決定的な香りの違い
- それぞれの時代背景にある「日本の美」の解釈とボトルの物語
- クラシックなシプレ系とモダンなフローラルウッディ系の比較
- あなたの利用シーンに最適な「ZEN」の選び方と纏い方
資生堂「禅 ZEN」黒と金の違いとは?香りと歴史の徹底解剖
- 誕生の背景:1964年の東京五輪と2007年のグローバル展開
- 香りの構成比較:静寂のシプレと輝きのフローラルウッディ
- ボトルデザインの美学:高台寺の蒔絵と茶室の光と影
- 持続性と濃度の違い:オーデコロンとオーデパルファム
誕生の背景:1964年の東京五輪と2007年のグローバル展開

「禅(ZEN)」という香水を深く理解するためには、まずその誕生の瞬間に立ち会った時代の空気感を知る必要があります。なぜなら、香水とはその時代が求める「女性像」や「美意識」を映し出す鏡だからです。
この二つの「禅」は、それぞれが背負ったミッションが大きく異なります。
まず、通称「黒の禅」と呼ばれる1964年版についてです。この年は、日本中が熱狂した東京オリンピックの開催年です。高度経済成長期の只中、資生堂は「日本文化を世界へ発信する」という壮大な目標を掲げました。当時はまだ、日本の香水が世界の檜舞台で認められることは稀でしたが、この「禅」は欧米の模倣ではない、日本独自の美意識――わび・さびや幽玄の世界――を香りで表現することに挑んだのです。これは単なる商品ではなく、世界に対する日本からの「名刺」代わりでした。
一方、2007年に発売された「金の禅」は、グローバル化が進んだ現代社会を生きる女性たちのために生まれました。調香師には、「クロエ オードパルファム」などを手掛けた巨匠ミシェル・アルメラック氏を起用。1964年版が「静寂」や「内省」といった内向きの精神性をテーマにしていたのに対し、2007年版は「内なるエネルギーの解放」や「喜び」「輝き」をテーマに掲げました。これは、伝統を重んじつつも、現代社会の中で自立し、力強く生きる「モダン・ウーマン」を象徴しています。
コンセプトの違い
- 1964年版(黒): 日本の精神性、静寂、伝統美の発信
- 2007年版(金): 現代女性のエネルギー、解放、伝統とモダンの融合
このように、同じ「ZEN」の名を冠していても、一方は「世界へ日本を紹介するための文化の結晶」、もう一方は「現代女性の背中を押すエナジーチャージ」という、根本的な役割の違いが存在します。
この背景を知ることで、香りの印象がより深く腑に落ちるはずです。
香りの構成比較:静寂のシプレと輝きのフローラルウッディ

では、最も重要な「香りそのもの」の違いについて、具体的な香料(ノート)を挙げながら比較していきましょう。ここは購入時の決定打となる部分ですので、詳細に分析します。
1964年版(黒)は、香水用語で「フローラル・シプレ」に分類されます。最大の特徴は、トップノートに香るガルバナムやヒヤシンスの鋭さです。シュッと一吹きした瞬間に感じるのは、甘さのない、どこか墨や雨上がりの苔むした庭園を思わせる静謐な香り。ミドルノートにはジャスミンやローズが含まれますが、決して華やかに咲き誇るわけではなく、ベースにあるウッディやモス(苔)の香りが全体をグッと引き締め、凛とした緊張感を保ちます。甘さを極限まで削ぎ落としたその香りは、まさに座禅を組む静寂の時間そのものであり、お寺の本堂にいるかのような落ち着きをもたらします。
対して2007年版(金)は、「アロマティック・フローラル・ウッディ」という現代的で多面的な構成です。トップノートはグレープフルーツ、ベルガモット、そしてパイナップルなどが瑞々しく弾け、圧倒的な「光」を感じさせます。そしてこの香水の核となるのが、資生堂が独自に開発した「ブルーローズ」の香りです。
ブルーローズの秘密
資生堂の研究により、ブルーローズの香りには「鎮静効果」と「覚醒・高揚感」を同時に満たす成分が含まれていることが判明しています。
ラストノートにはパチュリやシダーウッド、アンバーが香りますが、黒の禅のような重厚な渋みではなく、洗練された温かみのあるセンシュアルな余韻として肌に残ります。「黒」が心の沈静化を促すインセンス(お香)なら、「金」は気持ちをポジティブに開放するブースターです。
この香りのベクトル――内へ沈むか、外へ放つか――の違いこそが、最大の特徴と言えるでしょう。
ボトルデザインの美学:高台寺の蒔絵と茶室の光と影

香水においてボトルデザインは、その香りが持つ物語を視覚的に伝える「顔」ですが、「禅」ほどその対比が見事な例は稀です。それぞれのボトルには、明確なモチーフとなった日本の伝統美が存在します。
1964年版のボトルは、漆黒のガラスに金色の草花が繊細に描かれています。これは、豊臣秀吉の正室・ねねゆかりの地、京都・高台寺にある「高台寺蒔絵(こうだいじまきえ)」をモチーフにしたものです。日本の伝統工芸である漆(うるし)の深い黒と、その中に浮かび上がる金の文様は、闇の中に差す一筋の希望や、幽玄の世界観を表現しています。手に取ると少しひんやりとした重みがあり、鏡台に置くだけでその場が引き締まるような、一種の美術品のような佇まいを持っています。キャップの形状も、仏具や日本の建築様式を思わせる独特なフォルムです。
一方、2007年版のボトルは、二つの正方形のガラスを組み合わせたようなキューブ型で、輝くような金色をしています。このデザインコンセプトは「茶室」です。茶室という極小の宇宙空間に差し込む、光と影の移ろいをデザインに落とし込んでいます。見る角度によって光の反射が変わり、内部の黄金色の液体が揺らめく様子は、常に変化し続ける現代社会と、その中で変わらぬ芯を持つ女性の心を表しているかのようです。現代建築のようなシャープさを持ちつつも、角のない柔らかな光を放つその姿は、インテリアとしても非常に洗練されています。
黒は「光を吸収する色」として内面を見つめる時間を象徴し、金は「光を反射する色」として周囲へ影響を与える存在感を象徴しています。ボトルそのものが、それぞれの香水が持つ哲学を無言のうちに語りかけているのです。
持続性と濃度の違い:オーデコロンとオーデパルファム

実用面での決定的な違いとして、販売されている「濃度(賦香率)」の違いを見逃してはいけません。これは香りの持続時間や拡散力に直結するため、TPOを考える上で非常に重要な要素です。
| 項目 | 1964年版(黒) | 2007年版(金) |
|---|---|---|
| 種類 | オーデコロン (EdC) | オーデパルファム (EdP) |
| 持続時間 | 約1〜2時間 | 約5〜7時間以上 |
| 香りの立ち方 | 穏やか・線香花火のように消える | 華やか・ドラマティックに変化する |
| 主な用途 | リフレッシュ、お風呂上がり、就寝前 | 外出時、仕事、パーティー |
現在、日本国内で流通している1964年版(黒)は、主に「オーデコロン(EdC)」です。持続時間は1〜2時間程度と短めですが、これは決して欠点ではありません。高温多湿な日本の気候において、軽やかに纏い、気分転換に使い、残香を長く引きずらないという「粋」な使い方ができるということです。強い香りがマナー違反となる場面や、お風呂上がり、寝る前のリラックスタイムに、ほのかに香らせるのに最適な濃度設定と言えます。
対して2007年版(金)は、「オーデパルファム(EdP)」として作られています。賦香率が高く、朝、ウエストや足首に纏えば、夕方までその香りの変化を楽しむことができます。トップのフレッシュな輝きから、ミドルのフローラルの深み、ラストのウッディな温もりへと移ろうドラマティックな展開を一日かけて味わえます。これは、長時間働く現代女性や、外出先で付け直す手間を省きたい方にとって実用的な設計です。
使い方の注意点
「黒の禅」と同じ感覚で、「金の禅」をバシャバシャと付けてしまうと、香害(スメルハラスメント)になる危険性が高いです。金はワンプッシュでも十分に香るため、ウエストやひざ裏などに控えめに纏うのが鉄則です。
あなたに合うのはどっち?ライフスタイル別「ZEN」の選び方
- 内省と和装の「黒」:自分と向き合う静かな時間のために
- 自信と華やかさの「金」:オフィスや特別な日の装いに
- 季節と気候による使い分け:湿度の高い夏と乾燥した冬
- 賢い購入ガイド:どこで手に入るのか、現状の入手難易度
内省と和装の「黒」:自分と向き合う静かな時間のために

ここまで違いを見てきて、「結局、私にはどちらが合うの?」と迷われている方もいるでしょう。まず、1964年版「黒の禅」を強くおすすめしたいのは、香りを他人のためのファッションとしてではなく、「自分のための精神安定剤(コンフォート・セント)」として求めている方です。
例えば、ヨガや瞑想を日課にしている方、あるいは読書や書道など、一人で静かに集中する時間を大切にしている方にとって、この香りは最高のパートナーとなります。トップのガルバナムの苦味とベースのモスの深みは、ざわついた心を鎮め、呼吸を深く整えてくれる作用があります。
また、その名の通り「和装」との相性は抜群です。着物の袂(たもと)からふわりとこの香りが漂えば、香水特有の人工的な甘さではなく、まるでお香のような古典的な日本の奥ゆかしさを演出できます。
さらに、「最近の甘い香水が苦手」という方にも最適です。近年の主流であるグルマン系(お菓子のような甘さ)や、ベリー系のフルーティーな香りとは一線を画す、ドライで知的な香りは、男性が纏っても非常に素敵です。
ジェンダーレスという言葉が流行る遥か前から、この香りは性別を超えた普遍的な美しさを持っています。「自分軸を取り戻したい」「デジタルデトックスをして静かに過ごしたい」。
そんな気分の時には、迷わず黒のボトルを手に取ってください。
自信と華やかさの「金」:オフィスや特別な日の装いに

一方、2007年版「金の禅」をおすすめしたいのは、アクティブに社会と関わり、自分の存在感をポジティブに表現したい方です。特に、ビジネスシーンでリーダーシップを発揮したい時や、プレゼンテーションなどの勝負所において、この香りは「見えない鎧」となってあなたを守り、鼓舞してくれます。
トップノートのパイナップルやグレープフルーツの明るさは、第一印象をパッと華やかにし、「話しかけやすいオーラ」を作り出します。しかし、ただ明るいだけでなく、ベースにあるパチュリやシダーウッドが「芯の強さ」や「知性」を感じさせるため、決して子供っぽい印象にはなりません。
大人の女性が持つ余裕と、洗練された都会的な雰囲気を演出するのに最適です。
また、デートやディナーの席でも活躍します。先述したブルーローズの神秘的な香りは、相手に「もっと知りたい」と思わせるようなセンシュアルな魅力を秘めています。黒の禅が「個」で完結する香りだとすれば、金の禅は「人との繋がり」の中で輝く香りです。
「今日は新しい出会いがある」「自分を魅力的に見せたい」という日は、金の輝きを肌に纏って出かけましょう。
香道Lab.季節と気候による使い分け:湿度の高い夏と乾燥した冬


日本には美しい四季があり、気候(特に湿度)によって香りの立ち方は驚くほど変わります。この「ZEN」の二つを、季節によって使い分けるという上級テクニックをご紹介します。
日本の夏、特に梅雨の時期などは湿度が高く、重たい甘さのある香水は「うっ」とくる不快感を与えがちです。そんな時こそ、1964年版「黒の禅」の出番です。シプレ系のビターでドライな香りは、湿気を帯びた空気の中でこそ、その清涼感と鋭さが際立ちます。
オーデコロンであるため、汗ばむ季節にシャワー感覚で軽く纏っても重苦しくなりません。まるで風鈴の音色のように、周囲に涼を呼ぶ香りとして夏に使うのは非常に「粋」な選択です。
逆に、空気が乾燥して寒くなる秋から冬にかけては、2007年版「金の禅」が本領を発揮します。乾燥した空気の中では、香りの分子は飛びやすくなりますが、オーデパルファムである金の禅はしっかりと肌に留まり、温かみのあるウッディノートやアンバーがマフラーやコートの中で優しく香り続けます。
冷たい木枯らしの中でふと香る、甘くスパイシーなパチュリの香りは、心に温もりを与えてくれるでしょう。
もちろん、これは絶対のルールではありませんが、「夏は黒で涼やかに整え、冬は金で華やかに温める」という使い分けは、それぞれの香料の特性を最大限に活かす理にかなった方法なのです。
賢い購入ガイド:どこで手に入るのか、現状の入手難易度


最後に、2025年12月現在における入手方法について解説します。「黒」と「金」、どちらも長い歴史を持つ商品ですが、購入ルートには少し違いがあります。
1964年版「黒の禅」は、資生堂のロングセラー商品として定着していますが、実店舗での取り扱いは減少傾向にあります。かつては街の化粧品店にも置いてありましたが、現在はデパートの資生堂カウンターでも在庫を置いていないケースがあります。
確実に入手するには、資生堂の公式オンラインショップ「watashi+(ワタシプラス)」や、大手ECサイト(Amazon、楽天市場など)を利用するのが最もスムーズです。
価格もオーデコロンであるため、比較的手に取りやすい設定になっています。
一方、2007年版「金の禅」はグローバル展開商品であるため、海外での人気が非常に高いのが特徴です。日本ではデパートのフレグランスコーナーや、資生堂のハイプレステージブランドを扱うカウンターで購入可能です。
また、海外旅行の際に空港の免税店で見かけることも多いでしょう。
注意点として、ネット通販での検索にはコツがいります。
単に「ZEN 香水」と検索すると、両方が混在して表示されることがあります。
- 黒が欲しい場合:「資生堂 禅 オーデコロン」
- 金が欲しい場合:「資生堂 ZEN オードパルファム」
と、種類の違いを明確にして検索してください。また、過去には「Zen Secret Bloom」や「Zen Gold Elixir」といった限定版(フランカー)も発売されていましたが、これらは基本の「金」とは香りが異なるため、初心者はまずオリジナルの「金(2007年版)」から試すことを強くおすすめします。
総括:資生堂「ZEN」の違いを知り、香りで「和」の心を操る
この記事のまとめです。
- 資生堂「禅」には1964年発売の「黒」と2007年発売の「金」の2大潮流がある
- 「黒」は東京五輪を機に、世界へ日本文化の精神性を発信するために生まれた
- 「金」は現代を生きるグローバルな女性のために再構築されたモダンな香りである
- 「黒」の香りはビターで静寂な「フローラル・シプレ」系である
- 「金」の香りは輝きと温かみのある「アロマティック・フローラル・ウッディ」系である
- ボトルデザインは「黒」が高台寺蒔絵、「金」が茶室の光と影をモチーフにしている
- 濃度は「黒」が軽やかなオーデコロン、「金」が長時間持続するオーデパルファムである
- 「黒」は瞑想、和装、寝香水など、内省的で静かなシーンに最適である
- 「金」はオフィス、デート、パーティーなど、自己表現や華やかさが必要な場に向く
- 湿度の高い日本の夏にはドライな「黒」が清涼感をもたらす
- 乾燥する冬には温かみのある「金」が豊かに香る
- 「黒」は甘さが苦手な人や男性にも推奨できるユニセックスな魅力がある
- 「金」には資生堂独自の「ブルーローズ」の香気が使われており鎮静と高揚を両立する
- 購入時はボトルの色だけでなく「オーデコロン」か「オーデパルファム」かを確認すべき










